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Life chord

広沢自動車学校の大西です。 今、思うことや感じたことを記録していきます。

あれから6年

今でも忘れられない教え子の日記があります。

今日だからこそ、読み直して自分たちもいつ起こってもおかしくない震災に心を備えておきたいと思います。

 

昔のブログを転記しておきます。

 

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学生の時は、とてもできの悪い男の子(笑)

大学の単位を6つくらい落として、
補講KINGと言える男だった「たっちー」の日記です。


僕自身が関わった人間がこんなに立派になったことが嬉しく、現地の現実を感じ取ることができ悲しく思います。


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無事に帰還しました。 2011年03月17日23:04

 

無事に家に戻ってきました。

みなさんいろいろコメントとかくれて本当にありがとございます。

だいぶ助かりました。

今回のことを少しでもみんなにわかってほしいので、日記を書きたいと思います。

まず、1日目と2日目はほとんど移動でした。

情報が定かでないため、案が2転3転しながら、睡眠時間1時間で夜通し救急車を運転しました。

福島に行く予定だったのですが、原発の件もあり、宮城県石巻赤十字病院行ってそこを起点に活動しました。

着いたらときにはもう夜中で病院の敷地内の芝生にエアーテントを建ててそこで毎日生活してました。

次の日の朝から、ミーティングがあり、いろんな所の日赤が来ていて、役割分担され、自分たちのチームは避難所の循環診療になりました。

避難所に行く途中、明らかに津波が来た後の泥やガレキまみれの道なき道を救急車で進みました。

避難所に行くと、2000人ほどの避難民がいて、日赤の人が来たっていう感じで次から次へと患者が来ました。

患者の多くは高血圧や糖尿病などの慢性疾患の薬が津波で流されてなく、その薬を求めてくる方たちでした。

その人たちには本当に申し訳なかったのですが、薬の限りがあり、緊急の患者用のためだけにあるものなので、なかなか薬を提供できませんでした。

それでも『日赤の人がきてくれるだけで安心する、ありがとう。』などと声をかけてくれる人もいて、なんだか全然力になれなくて本当に申し訳ないなっていう気持ちでいっぱいになりました。

電気や水道もなく、家族も行方不明の方たちが必死に生きようとする姿には本当に涙が出そうでした。

子供の笑顔を見れただけで、すごいホッと安心できたし、中には診察中に奇跡の家族の再会があり、『おばぁちゃ~ん!!!』と泣きながら抱き合う場面もあり本当に涙ものでした。

しかしその一方で、お亡くなりになった方々の安置所があり、循環診療の途中で寄ったのですが、なんとも言えない光景でした。

200~300の黒(死亡者)がずらーっと並べてあり、毛布等で包まれていました。

最初に見た光景が信じられなく、なんでみんなこんな所で寝ているんだろうとも思えてしまい、手を合わせてお祈りをしている時に、遠くの方から『おと~さ~ん!!!』と涙ながらに叫ぶ家族の姿がありました。

その時は本当にどうしようもない気持ちでいっぱいで、ただただ涙があふれてくると同時に何もできない自分がいて本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。


冗談抜きでここは日本なのかと思うくらいに治安も悪くなっていました。

こんな状態で精神的にもおかしくなる人もいて、日赤の服を盗み、病院内に入ろうとする人もいたり、避難所に避難してる人の家が強盗にあったりしていました。

中でもすごかったのは黒の方々の身につけてある金品を盗む人もいました。

みなさん、想像できますか??

そこまでしないと生きていけない現実がそこにはありました。

自然の猛威はここまで人間を変えてしまうのかと恐ろしくなりました。

救助活動期間中は余震等で睡眠もなかなか取れず、風呂も入れず、満足できる食をできなかったけど、被災者のことを思うと食ができるだけで本当にありがたく思えました。

こっちに帰ってきて、普通に白飯が食えるありがたさ、家があるありがたさ、普通に友達と会えるありがたさ、自分は今回経験して普通の生活がなんて幸せなことなんだろうと感じました。

今こうしてテレビを見ながらPCで日記を書けることがすごい贅沢な感じがします。

なかなか上手く言葉で表せないですが、少しでもみなさんに知ってほしいです。

現地の人々は必死に生きようとしています。必死に復興しようとしています。

まだまだ復興には時間がかかるかもしれないけど、自分はできることがあればその復興に携わっていきたいなと思います。

みなさんにもできることでいいからぜひ携わって欲しいです。

そして何年後になるかわからないけど、復興して元気になった東北地方にまた行きたいなと思います。

なんかよくわからない日記になってしまって申し訳ないです。

今回の経験は本当に人生の糧になりました。

本当に行ってよかったです。

みなさんのおかげで頑張れました。

ホンマにありがとう

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